3.ダム容量配分 変更案の問題
--平取ダム--
■平取ダム堤体計画地(2004.8.25)
2003年度からのアイヌ文化調査により、チノミシリと呼ばれる地域のアイヌ
民族の重要な信仰の場であることが判明した。
また近では、特産の「青トラ石」を利用した縄文時代の石斧生産集落跡も確認
されている。
3-2.平取ダム建設と変更案の問題
(1)平取ダムとは?
平取ダムは、沙流川総合開発事業計画の一環として、苫東工業基地計画の工業用水取水のために、
二風谷ダムとともに1971年に計画されました。後、1978年(S53)に沙流川水系工事実施基本計
画の改定により、両ダムに治水対策目的が付加されています。当初の治水案は、沙流川本流に2ダム、
支流額平川に1ダムの「3ダム1事業」で計画されましたが、本流上流ダムはいつのまにか「立ち消え」
になっているようです。
平取ダムは、取水堰として計画・建設された二風谷ダムに対比すると、「普通の」形状のダムである
といえます。しかし、イメージ図等は種々示されてきたものの、具体的にどのようなダムであるのか、
具体的にどのような洪水調節を行う計画であるのかは、まったく不明のままでした。
洪水調節計画が未定のままでは、全体の大枠であるダムの規模などは決めることができないはずです
が。
■平取ダム完成イメージ図(沙流川水系流域委員会・第2期第1回 配付資料より)
平成15年より開催されている平取ダム建設に関わる環境調査委員会では、いくつかの図面が示され
ています。しかしネット上の資料からは、図面中の数値等を読み取ることはできません。
■平取ダム下流面図(第1回平取ダム環境調査検討委員会資料) 図中の数値を読み取ることができない。
(2)当初の平取ダム計画
治水目的をもった多目的ダムとしての平取ダムの建設は、1978年(S53)の沙流川水系工事実施基本
計画の改定により、二風谷ダム、本流上流ダムとともに「3ダム1事業」として計画されました。
この工事実施基本計画による平取ダムの概要は、以下のようにされました。
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平取ダムの目的である、洪水調節方式やその内容、貯水池容量の分配には、さまざまな時点で「見直
し」がかけられているようで、この後は確定した内容が示されていませんでした。
一方で、ダムの全体枠である堤高、サーチャージ水位、総貯水量は、1978年の工事実施計画改定時
より、一切の変更がありません。
(3)沙流川総合開発事業審議委員会での平取ダム
1995年(H7)7月、建設省河川局長の通達により、建設省直轄、および水資源開発公団のダム・堰
事業で、住民の反対や社会状況の変化により長期間、計画が進まなかったものに「ダム審議委員会」
を設置し、事業の「透明性」と「客観性」を確保しながら地域の意見を聞くことを意図した、「ダム
事業評価システム試行」が開始されます。
沙流川においても、1995-1997年に沙流川総合開発事業審議委員会(委員長:東三朗北大名誉教授・
砂防学)が設置され、有識者および地元自治体首長らによって、二風谷ダムおよび平取ダムの今後の
扱いについて議論されました。
この審議委員会では、東委員長はじめ有識者全員から、沙流川の膨大な流砂量やぜい弱な岩質
といった沙流川の特性、また二風谷ダム訴訟の判決を受け、平取ダムに対する慎重論が強く
出されました。
しかし平取ダム建設を強く望む地元首長らが押し切る形となり、1997年7月の最終答申では、「二風
谷ダムについては当初の計画に沿って進め、平取ダムについては事業計画に沿って見直し早期に事業
計画を策定すること、今後の沙流川総合開発事業の検討は新河川法の場に委ねる」とされました。ま
た最終答申では、今後の事業実施にあたって、「二風谷ダムのもたらす新知見を参考にして、額平川
流域及び沙流川全流域の環境保全に配慮した治水計画を立て、地域住民の意見が反映できるうように
すること」とされました。
【参考】
平取ダム計画に対する東委員長のコメント(日高新聞・「あいかわけいのHP」・「沙流川を守る会」)
(4)H14 河川整備計画による平取ダム計画
流域委員会の9回にわかる会合を経て、平取ダムの建設を追認した2002年(H14)河川整備計画に
おいても、ダムの目的別容量が示されました。しかし、「平取ダムにおいてどのような洪水調節を
行う計画なのか」は、まったく明らかになりませんでした。
委員会の資料中にも平取ダムの計画流量等は一切示されておらず、「一番肝心なこと」を
なおざりにしたまま、「開発局の示す建前の断片のみ」で委員会が進められたことがうかが
えます。
2003年(H15)の5月には、北海道内の自然保護団体等と室蘭開発建設部の間で会合がもたれまし
た。私も同席してこの点について質問しました。しかし、洪水調節方式を自然調節式にするという
以外は、「未定であり検討中」という返答しかありませんでした。「未定」では、ダムの建設計画
など、最初から立てることができないはずです。
■H14整備計画による平取ダムの容量配分図
(沙流川水系流域委員会・第2期第1回 配付資料より)
(5)H17 河川整備計画変更案の平取ダム計画
2005年12月に再開された沙流川水系流域委員会では、二風谷ダム同様に、平取ダムについても
容量配分の変更が示されました。
■H17計画変更案による平取ダムの容量配分図
(沙流川水系流域委員会・第2期第1回 配付資料より)
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H17変更案では、洪水調節容量が1.4倍に増やされた一方、利水申し込みのない利水容量は1/3に減少。
また堆砂容量は、H14計画時の1/10にまで減少となりました。
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平取ダムの治水容量が大きく増やされたため、二風谷ダムとの合計では、洪水調節容量は3,500千m3
増大しています。H17計画案による61,000千m3の治水容量のうち、約72%が平取ダムによる
ものです。各々のダムによって、どれだけのピークカット流量が得られるのかは、あいもかわら
ず一番肝心な資料が提示されていないため不明です。
2ダムによる合計のピークカット流量は、計画洪水(H17変更案ではH15.8洪水)に対して1600m3/s
になるとされています。ただし、この根拠や各河川、ダムによる配分は不明です。
しかしながら、二風谷ダムの洪水調節容量が大きく減少していることからも、沙流川の治水の大部分
を、支流額平川に建設が予定される、平取ダムの洪水調節能力に依存する計画であることは間違
いないでしょう。
(6)支流ダムである平取ダムの問題
■沙流川流域概要図(河川整備計画資料より)
水色で示した部分が平取ダム流域。沙流川全体の流域面積の18%に相当する。
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では、流域全体の1/5にすぎない平取ダム流域ではなく、額平川の下流域、あるいは沙流川本流の
日高町方面で、強い集中豪雨があった場合にはどうなるでしょうか? この場合、額平川の平取
ダムは、ほとんど洪水調節効果を発揮しません。ダムはダムから上流に降った雨による洪水について、
その一部をコントロールできるにすぎないのです。ダムにどれほど大きな空き容量があったとしても、
ダム地点で大きな洪水が起きなければ、ダムは何ら効果をもつことはありません。
H14整備計画においても、「治水面で効果的な操作方法は、下流の二風谷ダムで治水容量を大きく確保
すること」とされており、治水のためには本流の二風谷ダムの容積が重要であることを示しています。
今回の計画案に応じて平取ダムが建設されたとしても、本流上流域で強い降雨があった場合には、治水
容量が堆砂によって大きく減少した二風谷ダムに、大洪水が直接に流入することになり大変危険
です。
私たちが2003年洪水で経験したように、現実の洪水発生の状況は多様です。あらかじめ定めら
れた仮想の「計画洪水」に沿って運用されるダム、とりわけ支流ダムに頼った治水対策では、現実
の洪水の多様性に対応できず、想定外の災害を引き起こす場合があります。
(7)平取ダム流域の膨大な土砂・流木発生の問題
2003年洪水以降(あるいはそれ以前から)、平取ダムが計画されている額平川流域では、膨大な
流出土砂の発生が続いています。2005年現在、二風谷ダム上流の沙流川本流は、一時期に比べると
だいぶ濁りもおさまり、青い澄んだ流れを見ることができる日も多くなってきました。しかし、額平
川から沙流川、二風谷ダムに流れ込む流れは、相変わらず茶色にあるいは灰白色に濁った「泥水」の
ままです。泥水には、当然のことながら多量の土砂成分が含まれています。
また、2003年洪水で二風谷ダムに流れ込んだ多量の土砂の発生源は、同じく額平川流域であると考
えられます。
a.減少される堆砂容量の問題
1978年(S53)の工事実施基本計画では、額平川流域から発生し、平取ダムに堆積する100年間
の土砂量を11,900千m3と計算し、平取ダムの最低水位を標高169mとしました。
ところがH17変更案では、平取ダムの堆砂容量は初期計画の1/10しかない、1,300千m3に
まで減少させられています。計算上、平取ダムの堆砂容量は10年ほどで全て埋まってしまい、
ダムの機能に問題が生じることになります。
現在の二風谷ダムは、標高40m以下の5,500千m3の堆砂を見込まれていますが、すでにこの2倍程度
の土砂が堆積しています。二風谷ダムに関するH17変更案は、この現状をただ追認するものです。
実際の堆砂は水平に進むわけではなく、ダム貯水池内に傾斜して進行します。また額平川流域の土砂
発生量も、台風災害の影響で大きく増大していると考えられます。ダム完成直後より、貯水池への
堆砂の影響が急激に現れ、ダムの正常な機能が維持できなくなるでしょう。
b.膨大な流木発生の問題
2003年8月洪水では、二風谷ダムに6万m3以上の流木が滞留しました。この膨大な流木の流入に、
流木対策として貯水池に張り巡らされていたネット(網場)は、まったく無力でした。
洪水調節開始後まもなく、多量の流木がネットの下をくぐり抜け、ダム堤体や放流ゲート付近に到達
しました。8月10日午前4時すぎには、流木の圧力でネットが切断され、切断されたネットに絡んだ
まま、多量の流木がクレストゲートから一気に放出される事態が生じています。流木の一部はゲート
周辺に堆積したまま残り、ダム放流量、流入量の計算にも影響を与えていたと考えられます。
■膨大な流木とからみ合ったまま、クレストゲート部から流出する流木防止ネット(2003洪水・二風谷ダム)
流木の影響を受けるのは、ダム上部のクレスト放流部だけではありません。ダム下部に設置さ
れた洪水調節主ゲート(オリフィスゲート)からも、流木が飛び出していく様子が目撃されて
います。
当時の状況より、ダム貯水池右岸側を流れてきた流木は、その大部分がダム堤体で止められた
と考えられます。しかし左岸側を流れてきた流木は、大部分がクレスト放流部から放流された
と考えるべきでしょう。事実、二風谷ダムの下流や河口域には多量の流木が確認されています。
建設工事中の道々紫雲古津大橋の橋脚も、流木による被害を受けました。
また、ダム貯水池の湖底にも膨大な沈木の存在が報告されています。このようなことから、二
風谷ダムに実際に流入した流木・沈木の総量は、10万m3を超えている可能性がありま
す。
ダム貯水位が洪水調節の限界であるサーチャージ水位を超えた状態で、流木への対抗手段
を喪失していた事実、また流木防止ネット自体が多量の流木と絡んだまま放流ゲートに
干渉していた事実は、ダムの安全管理の根底に関わる重大な問題です。
二風谷ダムの放流装置(洪水吐き)は、クレスト越流部が5m×11mの5門、オリフィスゲート
が6m×8mが7門(2003洪水時は6門を最大開度5.5mで使用)と、非常に大規模なものです。
洪水調節当初より左岸クレストゲートから放流を行うため、洪水や流木の流路が、貯水池左岸に
確保されていたことも大きな幸いでした。膨大な流木の流入にも関わらず、放流ゲートが完全に
埋塞することがなかったのは、二風谷ダムが大規模なゲートを多数備えた、「放流に主眼
を置いたダム」であることが幸いしたといえます。
では、平取ダムではどうでしょうか。平取ダムの詳細はいまだ明らかではありませんが、構造や
運用に1978年の工事実施基本計画と大きな違いがないとするなら、平取ダムは「流入した洪
水(あるいは土砂や流木)の大部分をため込むダム」といえます。
平取ダム流域では、今なお山腹崩壊、渓岸崩壊が続いており、膨大な流木を発生し続け
ています。今後の大洪水では、2003年洪水時よりも、さらに多量の流木が、高密度で発生する
可能性があります。平取ダムは二風谷ダムに比較して放流ゲートが非常に小さく、多量の
流木が高密度でダムに流入した場合、放流ゲートは簡単に埋塞してしまうでしょう。
ゲートに詰まりや流下障害を生じた場合には、ダムの貯水位に異常な上昇が生じます。サーチャ
ージ水位を越える場合には、ダムの決壊を防ぐために、「ただし書き操作」によって、流入した
洪水量の全量を、そのまま放流しなければなりません。
平取ダムのただし書き操作は、サーチャージ水位直前に、ダム上部のクレストゲートを開くこと
によって行われると考えられます。しかし、このときにはすでに湖面は膨大な流木で埋め尽くさ
れています。二風谷ダムのように、湖面に流木の流路は確保されません。
大洪水時に膨大な流木が高密度で平取ダムに流入した場合、平取ダムは想定どおりの放
流を行うことができません。堤頂越流や、最悪ではダムの決壊が生じ、下流に大きな被
害を与える危険があります。
【参考】
1996年カナダ洪水で決壊した The Jonquiere Power Station
Dam の様子
http://cgc.rncan.gc.ca/floods/saguenay1996/photo4_e.php?p=1
■流木とともにクレスト放流部に引っ掛かっていた作業艇の浮桟橋(2003洪水・二風谷ダム)
■二風谷ダムの湖面から回収された流木の山と、高さ1.4mの流木防止用ネット(2004.7.16)
■膨大な土砂と流木の発生が続く平取ダム上流域の様子(2005.9.28宿主別川)
■膨大な土砂と流木の発生が続く平取ダム上流域の様子(2005.10.8宿主別川)